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海事大学学長の来日

2014年8月24日から29日までの期間、海事大学 (Myanmar Maritime University)のDr. Myat Lwin 学長と、港湾土木のDr. Sanda Naing教授の2人をi日本に招待した。海事大学との付き合いは現在のティラワに開校する前の2001年6月からなので既に13年になる。今の学長は3代目で、就任したときはまだ40代という若さ。

2006年6月、トレーダース・ホテル(現在のスーレーシャングリラ・ホテル)においてハワイ大学に本部をおくアメリカの学会と一緒に国際会議を開催したことがあるが、その会議が今年は日本で開催されることになったため、そこに招待するという形で来日が実現した。学会は期間は25日から27日までの3日間。28日には協会主催のセミナーと懇親会があり、29日に帰国というスケジュール。海事大学は高校卒業年MMU学長1.jpgの3月に全国一斉に実施される卒業試験でかなり優秀な成績をとらないと入学できない大学になっており、2008年からは女性にも門戸を開放し、15%だか20%の割合で入学できるようになっている。

来日した24日は学長等の希望を入れて(予定されていた鎌倉ではなく)横浜見学に向かった。海事大学の卒業生を含めて7、8人の来日エンジアたちが待機してくれており、一緒にランチをとった後、日本丸などを見学した。この日、早朝に成田に到着したのでかなり疲れているずだが元気で、この後、お台場に向かい午後6時30分から招かれていた日経HR主催のパーティにも顔を出すことができた。 MMU学長2.jpg

 日経HRは、アセアンと中国の有名大学から100人を日本に招待し、日本企業への就職の機会を提供するというイベントを主催。そこに海事大学からも学生1人が選ばれて来日していた。

海 事大学やヤンゴン工科大学の卒業生等が横浜などを案内してくれたことで学長等はかなり嬉しそうだった。特に今回同行してくれた学生の中に、日本企業に就職 した海事大学の卒業生がいたが、彼は今回来日したSanda Naing先生の生徒でもあり、事前にお土産を手配しておくなどかなり力が入っていた。

午後5時前に横浜の港が見えるが丘公園入り口で彼等と別れ、先のお台場に向かった。

MMU学長3.jpg25 日からは来日の主要目的のひとつだったPACON会議に参加。当日午後は時間が自由ということでMJテクノロジーの関係者と赤坂でランチをとり、神田にあ る同社を訪問。同社は海事大学の卒業生複数人を社員として採用する計画を持っていることもあり学長との間で周辺事情等について協議が行われた。同時に、新 学期がスタートする12月から大学が推薦する学生10人に対して奨学金を毎月供与することでも合意。成績優秀であることのほか、奨学金を真に必要としてい ることなどの若干の条件はあったが、将来の償還義務とか、その他一切の義務はない。予期していなかった展開に学長も喜んでくれた。

28日は 午後630分から日本大学法学部10号館で、来日中のYTU学長Dr.Aye Myintも招いて セミナー及び懇親会が開催された。もっともセミナーと言っても実際には海事大学とヤンゴン工科大学のプレゼンテーションと最近の計画などが概要的に紹介さ れていた。もっとも所管庁が異なる海事大学の学長とヤンゴン工科大学の学長がそろって参加するという機会はあまりないので、参加者には貴重な機会となっ た。

S_DSC00162.jpgと ころでこの日、関係者が会場に案内するはずだった学長とSanda先生の2人が宿泊先からタクシーで出かけ、途中で行方不明になるという事件があった。2 人はなぜか東大の赤門前で迎えを待っていたらしく、そういう話をしていたことを聞いていた宿泊先の管理者の話であわてて東大の赤門前に向かい、2人を発見 するといったことがあった。翌日が帰国の日で、そのまま所在不明だと帰国もできないのではないかという懸念も浮かび、一時は大騒ぎとなった。どうして東大 赤門前に向かったのかは今でもよく判らないが、はじまりはヒヤヒヤしたが懇親会は(エンジニアの通訳が5人もいたこともあって)かなり盛り上がった。散会 後は関係者で無事に送り届けた。