日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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製紙とパルプの英文テキスト完成

 Text on Paper and Pulp.JPG協会技術顧問の1人で製紙・パルプの分野でミャンマーのエンジニアたちと長い付き合いがある藤田登氏が、ミャンマーの友人たちに残そうと、2年半をかけて執筆していた英文テキストが一応完成しした。現時点では2分冊になっているが、Plant Engineering Management と題する一冊と、An Outline on Pulp and Paper Manufacturing and Non-Forest Fiber Pulpingの2冊で(左写真参照)、最終的に1冊にまとめるかどうかは現時点では未定。今年85歳になり、自身の最後の仕事と位置づけて執筆を続けていた。最初に日本語で原稿を執筆し、数人の専門家に内容を確認してもらい訂正や削除、変更等の作業を繰り返しながら日本語のものとして完成させ、さらにそれを自身で英訳し、またチェックしてもらうという作業を経て完成したもの。日本の専門家の間でも、これだけ現場中心的に、かつ、実践的に書かれたものは日本語のものであまりないと思うといった評価も受けていた。

昨年12月27日に赴任期間を終えて帰国したU Hla Myint大使(現・ヤンゴン市長)とも関係が深く、帰国前に完成していた第一分冊を謹呈することができたほか、これまで念願のように関係者にいい続けてきた製紙とパルプの業界団体が今年設立されるという連絡を受け、藤田氏を喜ばせていた。もっとも協会設立を知らせる文書には、設立記念セレモニーでの特別講演の依頼も含まれていたが、数年前に心臓の手術を受けドクターストップがかかっていて、もはや出かけることはできない。

Donation to AMARI, chairman.JPGなお、執筆されたこの英文テキスト2分冊は、今年7月、王子製紙本社OB会である東京王友会の甘利会長に贈呈された(写真左が執筆した藤田登氏)。

 藤田氏は、第一工業省所管の製紙・パルプ工場が、数10年前に、シッタウン(Sittoung)川の辺に建設・稼動された当時からミャンマー人エンジニアと接し、彼等と協力する場面が度々重なって行った。日本が積極的に関与しなくなってからは、中国の進出が著しいが、今はここの工場で勉強し、経験を積んだエンジニアたちが国内各地のほぼ全ての製紙またはパルプ製造工場や監督官庁に幹部として勤務しており、どこに出かけてもかつての友人・知己がいる。彼等との友情は現在に至るまで続いており、彼等の要請を受けてこれまで数回にわたり製紙とパルプに関する(実践的な)セミナーも開催してきた。執念のように続けてきたテキストの執筆は、これからの若いエンジニアに自分の経験と知識を残したいという思いが凝縮しているように思われる。