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海事大学とFRPボート

20F Speed Boat.JPG今は終了したプロジェクトだが、2002年12月頃からミャンマー海事大学(Myanmar Maritime University)の造船学科の学生・講師等と一緒にFRP(Fiber Reinforced Plastic)を使用した高速艇を製造する計画が進み、ヤンゴン河に沿ったTheinbyu Shipyardを借りて実際に作業が行われた。FRPを使った船舶は、当時もマレーシアからきたチームが製造していた痕跡があった。池に浮かべて遊ぶための2、3人乗りのオール付の小船で、バスタブを少し引き延ばしたようなスタイルで、ミャンマー側は当初はそれと同じレベルだと考えていたらしくあまり乗り気には見えなかった。しかし、作業が進むにつれて次第に積極的になっていった。借りた工場は日中でも薄暗く、不用品やゴミなども散乱していた。このため天井に明り取りの窓をいくつか作り、作業場を清掃するところからスタート。海事大学の専門家たちはこれまで経験したことのない方法で行われる作業に興味津々だったが、見学に来る大学関係者のほとんどは女性で実際の作業を手伝うことは無理だった(もっとも、その中の1人が全工程を記録し、設計図や経費見積もりなども添付し、論文として仕上げ、ヤンゴン工科大学に提出。修士号を取得している)。やむを得ず造船所の作業員を借りて実際の作業は行うことになったが、指導を担当した専門家は大変だった。FRP加工後、片手を縁につけたまま研磨するのでその手の跡が残る、靴下を履いてやるように指導しても汚れた足で生乾きの甲板を歩くのでそこら中が足跡だらけ、数えればキリがなかった。毎回、怒鳴り声が聞こえていた。予想外の出来事の連続に、指導していた専門家は相当イラついて見えた。写真はヤンゴン河で快調にテスト走行する完成艇。時速約36ノットを記録。当時は救助船を準備してくれていたが全く追いつけず、眺めているだけだった。

完成間近になった2003年3月初旬、最悪の事態が起こる。甲板完成後、キャビンを取り付けるのに指示と指導がない間に自分たちで取り付けてしまったため、不具合が発生したのである。その後に訪緬した専門家はどうしてそういう事態が発生するのか理解できない様子で、怒るよりもパワーが一気になくなって半ば放心状態に陥る。「降圧剤を服用しないと脳の血管が切れそう」と話していたが、一度設置したものを修正で対応することはできず、もう一艇を最初から造るか、中止するかの選択を迫られた。迷った挙句、せっかく進めてきたことだからともう一艇造ることなった。「エンジンも既に現場に到着していたし、悪気があってのことでもないし・・仕方ない」と気を取り直していたが内心はこの先も不安だったに違いない。以後は日本人の技術補助者を完成までずっと現場に滞在させていた。

MMU and Speed Boat.JPGこの造船所にはいろいろな関係者が見学のため訪れている。日本からだけではなく、完成が近づくと海事大学を所管する運輸省やその他が週に1度は来るといった状態で、関心の高さを示していた。しかし、その都度作業を中断せざるを得ないため日本側関係者はせめて2週間に1回にしてくれないだろうかと頼んでいた。

8月下旬、ようやくテスト走行をヤンゴン河で行うことになり、海事大学の学長や副学長、日本側関係者、運輸大臣や副大臣も見学のため埠頭に来ていた。搬送したトラックから完成したFRP高速艇を灰褐色に濁った河に下ろすと一段とその白さが浮き立って見える。降下の際に、護岸にぶつかりそうになったが、作業員2人が服を着たまま河に飛び込んでガードする。現場にいた関係者はみんな少し興奮状態で、河に浮かんだボートが走行テストを行う本流の方へ動きだすと一斉にそちらに移動する。現場に来ていた運輸大臣と海事大学の学長だけ取り残されたようになり、2人の周りには誰もいなくなっていたが、別に誰も気にする様子もなく2人も立ちすくんだまま動かない。テスト走行は大成功で、特にその速さが際立ってみえた。この時期のヤンゴン河の流れは速く、上流に進む際心配したが杞憂に終わる(調整のため一度エンジンを切ったが、相当な速さで下流に流されており、目測で10ノットはあるといわれた)。指導した専門家は、作業に関係した人の全てを数回に分けて乗船させ、その労をねぎらうという配慮を示していた。

テスト終了後、数日して、海事大学への寄贈セレモニーが2003年8月30日に埠頭近くの建物で盛大に行われが、ちょうどその日、当時の首相が民主化のためのロードマップを発表していたように記憶している。写真は2010年1月20日のNew Light of Myanmar紙に掲載された海事大学の写真。池の右端にこのときの寄贈船が浮かんでいる。いまだに大切に保管してくれている。