日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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ミャンマーの聖歌隊

Christmas song.JPG仏教国として知られるミャンマーだが、ヤンゴン市内にはキリスト教の立派な教会もあるし、ヒンドゥーの寺院やイスラム教のモスク、道教の寺院も建っている。インド系の顔とサリーのようなスタイルを見かけるとヒンドゥ教徒なのだろうなと思うが実際に確認したことはない。イスラム教徒の女性も多くは他の国で見られるようなスカーフを頭に被るなどの一見してそれと判るような格好をしているわけではないし、キリスト教徒でありながら毎週のように仏教の僧侶に会いに行く人も知っている。てっきり仏教徒だと思って、お土産に仏陀像を渡してしまったこともある。

ミャンマーはキリストの生まれた12月25日は祝日になっていて、クリスチャンの知り合いからケーキをもらうことがある(ケーキを持参するという習慣があるらしい)。また、この数年、12月25日になるとヤンゴン事務所にはギターを抱えた聖歌隊が来るようになった。事務所のスタッフも学生も全員仏教徒だけど一緒になって聖歌を歌っている(上写真参照)。

YGN Mosk.JPG日本の12月25日というと冬で、その環境で聖歌を聴くことが多いため、半そで過ごせるミャンマーで聖歌を聴いてもなかなか実感が沸かない。ホテルやデパートの入口にはクリスマスツリーも飾られるけど、雪の代わりに使われている綿がまばらで雪には見えず、かなり貧相な印象がある。イギリス時代の影響で、シャン州、カチン州、カレン州などの民族にキリスト教徒が多いとされるが、宣教師はイギリスが植民地にするはるか以前からミャンマーに入っていたらしく、タンリン地区にはポルトガル人が18世紀に建てたという記載がある教会の跡も残っていた。 既に廃墟と化して、崩れた建物の中は雑草が生い茂り、かなり狭く感じた。

Hindu Temple.JPG夫婦で観光の仕事をやっていたイスラム教徒の知り合いがいたが、奥さんがほとんど全てのことをやっていて、一度だけ協会主催のパーティや市内観光のサポートを頼んだことがある。要領もよくて判断も適確で、所作も控えめだった。彼女が運転する車に同乗させてもらったことがあったが、日本語を話せる夫が車内で彼女をベタ褒めし、「私の奥さんはインドで観光の勉強をして来て、自動車の運転もできるし、英語も上手い。本当によく仕事ができるし、頭もいいし、顔もきれい。私は運転もできないから乗せてもらうだけで役立たず」などと話すので、「手伝っていることは何かないの」と聞いたら、「私は何もできない。頭も悪いし、日本語が少しできるだけ。みんな彼女のおかげです」と言っていた。悪びれた様子は微塵もなく、いい奥さんをもらえて今幸せだと話していたが、一年後に彼と再会したときは、つい最近、彼女は2番目の子どもを出産した後、亡くなったと聞いた。別人かと思うほど落ち込んでいたが、何の慰めの言葉も出て来なかった。

サウジアラビアからミャンマーの外務省にトラック一台分の梱包されたナツメヤシのシロップ漬けが贈られたことがある。偶々、それを省内に搬送するときに終日現場にいたこともあり、20袋ぐらいずつ箱詰めされたものを3箱お裾分けしてもらった(というか、車に黙って乗せてくれた)。ヤンゴンに戻ってから開封して、事務所にいた連中で分けたり、知り合いにさらにお裾分けしたりした。何人かが口にしていたが、その中の1人が食べながら袋に書いてあった文字をみて「これはモスクで信者に提供されるもの」と書いてあることを発見した。慌てて元に戻せるものは戻し、モスクに持参してもらった(左の上写真がそのモスク)。ミャンマーでのイスラム教とのかかわりはこの2つだけである。 左の下の写真はヒンドゥー寺院。