日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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ダヴェイと少年僧

小坊主.JPG仏教徒が圧倒的に多いミャンマーでは、早朝に托鉢している僧侶の集団に出会うことがある。見た感じでは年齢順に並んでいて、2,3m前の地面を見ながらうつむき加減にゆっくり足を進め、ひと言も発しないし、周囲を見回すこともない。僧侶はダヴェイという托鉢用の鉢をそのまま片手に乗せているか、肩掛けにつるして手で支えており、家の前で待ち構えている信者の前で立ち止まると、鉢の中にごはんやオカズ、おやつのようなものなどが入れられるが、僧侶はお礼は言わない。信者は僧侶に出すことで功徳を積み、僧侶はそれに協力しているという関係なのかも知れないが、僧侶は他人がくれるものを食することで好き嫌いを選択することができない。煩悩を避ける修行のひとつなのかも知れない。それにしても会話もなく粛然とことが行われており、何度みても感動すら覚える。しかし、僧侶になりたての少年僧 (コーエン) の場合は、必ずしもそうではない。

小坊主2.JPG地方都市に出かけたとき、早朝から準備してさらに僻地へ行くために外で関係者の到来を待っていたときに、珍しく少年僧だけの托鉢に遭遇した。大人の僧侶の集団と違って歩き方がちょこちょこと早いし、時々話し合ったりしている。目線も斜め下にはなく、キョロキョロと周りを見ながら歩き、まっすぐ進むのではなくジクザクに家や商店を回っている。大人の僧侶のときは自分が待ち構えて食べ物などをダヴェイに入れていた信者も、少年僧の場合は、彼等が入口に現れてから奥から出てきて、置いてあるごはんなどを鉢に入れていた。好物を入れてもらったようなときは嬉しそうな表情をして後で見せ合っていたし、手の甲でで追い払われることもあった。僧侶は誰でも尊敬されるのかと思っていたけど、熱心な仏教徒が多いミャンマーでもやはりそんなことはないらしい。寄進しても功徳になりそうにないと思われているのかも知れない。

そんな中でもとりわけ小さな少年僧が目立つ動きをしていた。片手でダヴェイをもてないので両手で抱えこんでおり、それが重いのか、歩くのにバランスが悪いのか、度々立ち止まる。着ている法衣も肩からずれてゆくので、それが気になるらしく重そうなダヴェイを落とさないようにしながら自分で直したり、片手の空いた少年僧にひっばりあげてもらったりしていた。それでもグループから遅れるので、ほとんど何も入れてもらっていないように見えた。要領も悪いようで、先輩らしき少年僧に何か怒られて、1人別行動をとらされたのか、ほかの少年僧が離れて行ったのに追いかけようとぜずそこに取り残されていた。眼が合ったので笑ったら、近寄ってきた。あまり向きそうには思えないので、どうして僧侶になっているのか興味があったが会話は通じない。食べ物は持ち合わせていなかったので、いいのか悪いのか判らないまま、お金をあげた。記念に写真を一枚撮ったら、すぐに離れて行った仲間の少年僧のところに向かって行った。表情も行動も出色のコーエンに思えた。

 この時の地方都市訪問のときは縁があったのか別のタイプの僧侶にも遭遇している。帰りの飛行機にサングラスをかけた青年僧が乗り込み、慣習でいちばん前の席に座った。でも最初から様子が変だった。足を投げ出したり、前の壁につっばるように右足を押しつけ、身体も少し揺れている。時に何かミャンマー語で叫んでいる。離陸してすぐのころ法衣の下からタバコを取り出した。後部座席と通路を挟んだ反対側の座席にいた乗客全員が怒りの表情をしてその行動に集中している。口にくわえて、取り出したライターで火をつけようとした瞬間、後部座席にいた客と客室乗務員がこれを制御した。飛んでいる飛行機の中なので、機内は一時騒然となったが、それでも抑止した側が遠慮勝ちに見えるのは僧侶の格好をしているためである。しばらくして後部座席から警備担当と思しき人物が来て耳元で何か話してから、彼の隣の椅子に座った。ヤンゴン空港に到着すると最初にこの僧侶が降ろされ、1人だけバスに乗せられてターミナルビルに送られていた。我々も後続のバスで続いたが、警察に連行されたと思っていた僧侶が待合の椅子にサングラスのままうつむいて腰掛けている。同行者は酔っ払っていたのではないかと言っていた。もちろん僧侶は戒律で酒は厳禁されている。本当に飲酒していたとしたら、戒律を遵守しようとするミャンマーの仏教僧には稀有の例だが( 一度も見たことがない)、何事もなかったかのように放置されたままの僧侶にも違和感があった。日本だったら間違いなく逮捕されている。ちなみにタバコは戒律では禁止されていない。ブッダがいた頃のインドにはタバコがなかったからではないかと聞いたが真偽は定かでない。