日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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暴走ジープ

暴走ジープ.JPG現地から3人が迎えに来てくれて、カレン州のHpa-anとモン州のモーラミャインに出かけることになった。ヤンゴンからは日本人2人を含む6人が参加することになり、迎えのジープに1人、手配したワゴン車に5人が同乗して、朝7時30分にヤンゴン事務所を出発した。このジープがヤンゴン市内を走行中、15分おきに故障のため何度か停車する。最後の停車はセドナホテルを過ぎた辺りだったが、この調子だと目的地につくには1週間はかかりそうだった。しかしヤンゴン市内を出た途端、好調に飛ばし始め、それからは一度も故障しなかった。2時間ほどして、ワゴン車に乗っていた日本人の1人が、飽きたのでジープを運転させて欲しいと言い出したところカレン人は「快く」運転を変わってくれた。それからジープはもっと快適に飛ばし始め、ワゴン車からたちまち見えなくなる。  写真はこのときのジープですぐ見えなくなった。

暴走ジープ2.JPGワゴン車が追いついて来ないのでジープは何度か停車して到着を待っている。その度にワゴン車の運転手は「もっとスピードをあげたらどうだ」と言われて頷くが、信念のように速度はあげない。バゴーを過ぎて、有名なゴールデンロックがあるチャイトーに着くまでジープは日本人の手で暴走し、何度も視界から消えて行く。

チャイトーにあるレストランでランチをとったが、カレンから来た3人は(後でわかったが)結構な有名人で全員仏教徒。そのうちの1人は菜食主義者。そこにキリスト教徒のシャン人2人と日本人2人に、元国軍幹部だった人物と茶髪のススさんという奇妙なグループが初めて自己紹介のようなことをやった。カレン人たちは1人を除いてミャンマー語があまり通じない。私は菜食主義者専用の料理だと知らずに少し食べてしまったし、シャン人は陽気だけどカレン人2人は無口(言葉が通じないから当然かも知れないが)。まとまりがなく、少し気が重いランチが終わったら、2台ともタイアの空気圧を下げた。そこで、交替のようにしてジープの助手席に乗せられて、ジープが走り出した。 写真はランチをとったチャイトーのレストラン

空気圧を下げたのは、そこからタトンの町まで道路事情がよくないためだった。運転しているカレン人は気を使って助手席の前にある空気の取り入れ口を開けてくれるし、助手席の窓も開けろというジャスチャーをする。窓は上下に開閉するのではなく左右に、引き戸のように開閉する。道路が悪いので揺れる度に窓は自然に閉じて行く。それより大変なのは目の前のオープンされた空気の取り入れ口から飛び込んでくる砂埃で、目を開けていられないし、服はほこりまみれ状態。それでもジープは速度を緩めない。時々は舌をかみそうなくらい車体は上下に揺れるし、大型車とすれ違うときは別の意味で目を閉じそうになる。ほこりが飛び込むので目の前の開閉口を閉じると、運転中のカレン人はそれをみつけて、また開けてくれる。言葉が通じない。2、3回繰り返した後、目を指差して痛いそぶりをしたら通じた。窓は開けても自然に閉じるので、8月下旬の雨期の最中にほとんど密閉状態で走ることになって日本人には蒸し風呂状態。我慢できず、薄目にして開閉口を自分で開けた。自然の風はやはり涼しい。おかまいなしにジープは疾走するので時々ちゃんと目を開けないと天井にぶつかりそうになったり、どこかケガしそうな気になる。そんな状態で約2時間。タトンの町に入ったときは生き返ったような気持ちになった。