日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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日米緬協力の国際学術会議 (1)

PACON4.JPGアメリカの大学に本部が置かれている海洋に関する国際的学術団体とAJMMC及びミャンマー海事大学の3者で2006年6月中旬を予定に、ヤンゴンで学術会議を開催しようという話がまとまり、MOUに関係者が調印したのが2005年6月。予定通りに会議は開催され、12ヶ国から400人を超える専門家や研究者がヤンゴンに集まった。5日間の日程で各分科会に分かれて会議は進行し、予想以上の成功をおさめた。日本からは把握しているだけで大学院生を含め86人以上が訪緬し、中には1泊しただけで、発表してすぐに帰国するという強行日程で参加された大学教授もいたし、ほとんどの参加者は初めてミャンマーに来るという人ばかりだった。写真はオープニングで挨拶する石井協会理事長(Traders Hotel)。

PACON.JPG在京ミャンマー大使館も、日米緬が協力する学術会議ということで、参加者には特別の申請書を用意してくれ、かつ、無償でビザを発給してくれるなど、最大限の協力を行ってくれていた。

しかし、2006年2月になって、このアメリカの学術団体が、予定していた寄付が米国で集まらないことからヤンゴンでの会議を中止して、8月にアメリカで開催しようと言い出した。あと4ヶ月で開催予定期間が到来するという時期で、ミャンマー側も日本側も既に前年に実行委員会を立ち上げ、準備も相当進行していたときであり、関係者は慌てた。特に、この段階で中止すれば、窓口になっていた海事大学や大使館の関係者などのメンツは丸つぶれとなる。それに理由も気に入らなかった。「ミャンマーはアメリカの経済制裁を受けているので米政府関係の団体等から寄付が集まらない」というもので、そんなことは前年に調印したときから判っていたことである。それを今頃になって持ち出すというのは筋が通らない。協会関係者で協議して、必要な資金を何とか集めるが、万一の場合にはアセアン諸国の関係大学の教授等に依頼して、アセアンの学術会議に切り替える案をもって大使館の担当に事情を説明した。もちろん「今頃になってそういう理由を持ち出すのはフェアではない」という当然の対応だったが、「予定通りの会議を開催する方向でまずベストを尽くす」という我々の話を受け入れてくれた(このときの対応からしても、中止すればメンツの問題だけではなく大使館側にも相応の責任が発生するのだろうと想像された)。それから石井理事長等の獅子奮迅の動きが始まり、関係者多数の支援を受け、約2ヶ月でアメリカ側が必要としていた資金を集めることができた。

しかし、今度はそれを米国に送金する際になって新たな問題が発生する。「ミャンマーの名前が協会名称の中にあるので協会名義で送金するとニューヨークで凍結される可能性があり、銀行としてはそういうリスクは受けられない」と言って某銀行が送金依頼を断ってきたのである。日本の民間団体が、日本の銀行を使って、アメリカの学術団体に送金するのに、どうしてミャンマーに対する経済制裁の影響を受けるのか理不尽な気がしたが議論する気にもなれず、結局、アメリカの団体の日本支部に依頼して送金してもらうなどの方法で解決した。それから数日して届いたアメリカ側のメールには「資金の支援には感謝するが、これまでの会議での支援各位もそうだったけど、会議の内容等には一切口を出さないでほしい」とあった。一度もそういう話を出したこともなかったし、そういう気もなかったからあまりいい気はしなかった。さらに実際の会議で、このアメリカの団体が参加者に配布したパンフレットには、寄付しなかったはずのアメリカの機関などが支援者として紹介してあったが、協会の名前は一切記載されていなかった。   写真は分科会のセッションのようす。