日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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サイクロン(2)

サイクロン米1.JPGサイクロンNargisが襲来したのが2008年5月2日から3日にかけてだったが想像以上の被災が発生していることが次々に報道されていた。ミャンマーのことに関係している以上、何かやらないといけないとの思いはあったが、正確なことも判らないし、日本の小さな民間団体に何ができるかも判らない。そこで5月10日に、理事の河原氏が急きょ訪緬して実際の事情を把握することになった。出発に際し、飲料水も不足しているし食べ物もないといった情報が出ていたのでトランクにはそれらのものを詰め込んで出かけることに。ホテルも一部は稼動していないという情報もあり、場合によっては事務所に寝泊りする覚悟だった。幸いこれらの懸念は現実のものにはならなかったが、緑に囲まれていたヤンゴンの木々はすっかり倒壊し、様相を一変させていた。 写真は現地で支援米を配る河原氏。

 

サイクロン米2.JPGエヤワデー管区南部の被災地の状況は、政府施設や職員自体が被害を受けていたこと、現地へのアクセスがもともと簡単ではないといった事情もあり、政府もまだ正確なことは十分に把握できておらず緊急支援などもようやく緒についたばかりという印象だった。他方、こういう場合のミャンマー人たちの相互扶助の精神もいかんなく発揮されており、被災地への支援に向かう人々も少なくなかったが、これに伴うトラブルもいろいろ発生しているようだった。

搬送した支援物資の不足から現地でパニックになったり、遺体を確認なく、次々と埋葬したりと笑えない情報もあり、混乱している状況が推測された。先進国のようなわけにはいかない。

外国からの医サイクロン米3.JPG療支援チームが現地入りし始めたのは、5月17日ころからで、21日までに近隣諸国のインド(47名)、タイ(30名)、中国(50名)、ラオス(23名)及びバングラデシュ(33名)の合計183人が、それぞれ指定された別々の被災地に入っている。もっとも、この間でも国内の医療専門家2,029人や民間を含む約36,000人のミャンマー人が支援活動に従事しているほか、医療品その他多くの支援物資が国内で集まっている(5月22日現在)。外国からも5月6日頃から支援金や支援物資などが次々に寄せられている。

ちなみに報道によると、5月7日現在で、既にイギリスが1000万ドル・アメリカEU及びオーストラリアが各300万ドル・韓国210万ドル・中国50万ドルなど約21ヶ国が支援金等を提供(日本は約27万ドルで、このときはスリランカと同程度)。

この頃になると被災地は7つの重点地域に分けられ、それぞれ責任者も決められ、外国人でも被災地に行けるようになった( なお正式に外国からの全ての支援受け入れが表明されたのは、潘基文国連事務総長が訪緬した翌日の5月23日 )。河原氏もヤンゴン事務所と協力して、いろいろな関係者と打ち合わせを行っていたが、重点地域のひとつKaw-hmu Tsp.(ヤンゴン管区南部)で避難先のひとつとなっていた僧院に飲料水を中心に搬送してほしいとの依頼を受け、実施することになった。しかし、実際に僧院関係者に確認したところ、「6月から雨期だから水は要らない。それより米がないから、10トンくらい持って来て欲しい」とのこと。「米10トンもの大量の米がどうして必要なのか、だいたい数量を指定するのはおかしくないか?」と言った疑問も出たが、言われるまま、5月17日に協会ヤンゴン事務所のスタッフや勉強中の学生たちと現地に赴くことに。途中、検問所が数箇所あったが問題なく通過でき、実際に現地に入ったときは僧侶の指示で長蛇の列が出来ており、持参した米は次々に配給されて行った。僧侶の依頼は、大量の米が目に見えていることでパニックを防ぐことに趣旨があったことに気づく。残った米は僧院に積み上げて来たが、こういう場合の支援の難しさと民間団体の限界を実感することになった。写真上は不安そうに配給を待つ被災地住民と、下はお寺に置かれた米。