日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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サイクロン(1)

エヤワディの橋.JPG6月28日といえばミャンマーは雨期に入った時期で、田植えのシーズンでもある。サイクロンNargisが襲来したのが2008年の5月2日から3日にかけてで、当時、死者と行方不明者を合わせて約13万人ということだった。5月23日には政府は全ての支援を受け入れることを正式に表明していたので、ヤンゴン事務所の関係者と被災が大きかったエヤワディ管区南部のラプタかボーガレーに行こうということになった。このころには被災地域をいくつかに分け、それぞれに責任者が決められていたのでラプタの担当とやり取りしてもらった。 写真は途中にある壊れそうな木製の橋。一部に穴がある。数箇所似たような橋があった。  

支援トラック.JPGちなみにラプタの責任者は協同組合省大臣で、その他6箇所が重点地域として指定されている(Kungyangon, Dedaye, Kawhmu/Twante, Pyapon, Bogale, Kyaiklatがその6箇所)。

話し合いの結果、6月の新学期を迎えたがサイクロンで教科書や文房具、制服、カバン、文房具などがなくなった基礎教育小学校の生徒250人あまりに、そういうものをできるだけ持ってきて欲しいということになった。ヤンゴン市内で手分けして買い集め、ひとり分ずつ梱包し、お菓子・その他も用意したが車の手配が難しくなっており、あっても被災地というのでレンタル料金が信じられないくらい高い。それでも関係者の尽力で中型のピックアップ・トラックを何とか手配できた(左写真)。フロントに指定された貼紙をするように指示された。

トラックの中.JPGこのトラックの荷台に約10人ほどが荷物と共に乗って出かけることになったが片道10時間、帰りに8時間かかり、ヤンゴンに戻る2時間くらい前から腹痛に襲われ、一週間くらいそれが続いた。途中にレストランがあるわけでもなく持参した食糧以外食べていないので、食べ物にあたったわけではない。出発したときは晴天だったが、途中スコールに遭遇するたびトラックの幌を下げる。そうすると猛烈な湿気と暑さのため汗だくになる。止んだと思って幌をあげたら雨が降った後なのに大量の砂埃が飛び込んできて、荷台のありとあらゆるものがたちまち真っ白になる。不快指数は頂点に達し、もうどうでもいいという気分になった。ピックアップトラックなので腰掛用の板が両端に渡してあるが、幅が狭くて1時間もしたら腰が痛くて座っていられない。荷台の上に直接座ったり、寝転んだりするしか方法はない。別にヤワな日本人だからというわけでもなく、エンジニアたちや協会スタッフのミャンマー人たちも事情は同じ。  写真は椅子に待たれて寝込むエンジニアたち。

腹痛の原因は要するに疲労だったようだが、ミャンマー人たちは何ともなかったからやはり体力が違う。途中、数箇所にあった木製の橋を渡る際に、ミシ、ミシ、ギギッ、ギーッなど嫌な音がしており、川にはいろいろなものが浮いてたり、沈んでいたり、一度は、渡りきったところでコメを満載したトラックが横転しているところにも遭遇した。特に、帰りはあたり一面真っ暗で、ヘッドライトしかなく、なぜか運転手はスピードを出しているし、止まったかと思えばあの嫌な音が聞こえてくるから、あまりいい気持ちはしなかった。ヤンゴンまでもうすく゜という広くて舗装してあるCNGスタンドに到着してから急に痛み出したから、こういうことも影響したと思う。

ところで被災地域は有数の穀倉地帯であり、ここがダメージを受けていれば深刻なコメ不足も予想された。しかし、走行中、実際に田園を見たら(少なくとも車から見える範囲では)ちゃんと田植えが行われており、逆に意外な感じがした(おそらく最南端の地域に稲作被害は集中したと思われ、事実、この年にもミャンマーはコメを輸出している)。

被災地学校.JPG目的地に辿り着き、校長先生たちが出迎えてくれた(教員はほぼ女性)。新しい校舎は全壊に近く、古いほうを使っていた。最初に校長室として使っているという部屋に案内される。もちろん電気はなく、外から来たせいか中は真っ暗で、しかもサウナに思えるほど暑く、中に入った途端ドッと汗が吹き出る。そこに小さめのカップでホットコーヒー。たまらなくなってすぐ子どもたちに持ってきたものを渡したいと言って外に出た。ガラス窓も壊れていたが風通しがよく涼しい。どうしてあんな暑い部屋で執務ができるのか不思議。250人分持参したものをみんなで手分けして配ったが、ここでまた汗だく状態になる。配り終わったが1人分足りない。もらえなかった2年生くらいの男の子は泣きそうな顔になり、先生たちも何か言い聞かせるようにかがみこんで話かけていた。そこに同じくらいの年の女の子が自分がもらったものをあげようと差し出したが、受け取らない。今にも泣き出しそうだったが、先生が二人で使えばいいと説得したようだった。余分に持ってくればよかったと後悔したが、ススさんがお金を少し上げたら笑顔になってくれた。  写真は2年生から5年生まで一緒に勉強している教室。黒板が前後と窓側に並べて2つ、合計4箇所置いてあり、授業は別々にやっている。既に白くなっているものもあり、遠い席だと黒板の文字は見えにくい。