日本ミャンマー交流協会 AJMMC:

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アンダマン海 (1)

アンダマン海.JPGヤンゴンから南東へ飛行機で約1時間ほど行くと、タニンダリー管区の漁港メェイ(Myeik)に到着する。滑走路を除けば周囲は雑草と椰子の木などに囲まれた空港で、ターミナルビルは日本の地方の駅舎を思わせる設備だが、到着前後はかなりの人で混み合っていた。海藻養殖技術の指導のため訪緬された大野正夫先生(技術顧問)たちと最初に出かけたのが2007年12月。何軒もないホテルのひとつに一泊し、翌朝早く1人25ドル払って最南端のコートン行きのフェリーに乗り込んだ。台湾から購入した中古船舶だが、明らかに定員オーバーで客室は通路まで人を入れ、屋根の上も客で混み合い、ボートの喫水線も海中に沈んでいる。これで目的の島まで行くと思った。目的地近くの島と沈む夕日。

KKPチーム.JPGミャンマー語のTVドラマが流れる中、1時間30分ほど乗船しうとうとし始めた頃、「ここで船を乗り換える」と声をかけられた。甲板に出ると外はまだ海。ほかの乗客も何が起きたかわからない様子で我々を見つめている。我々も事前に知らされいなかったので、まさか海上で乗り換えるとは思わなかった。遠くから木造漁船が近づきフェリーに横付けされ、促されて乗り移った。段差と隙間があって注意しないと落ちそうな気がする。漁船には警護のために兵士が乗り込んでいると思ったが、実際にいたのは私兵で6人くらいはいた。海賊でも出るのだろうかと不安になったが、何事もない。どうして私兵が乗船しているか、しばらく気になったがそのうち慣れてしまい親しくなった。写真は乗り込んだ漁船と私兵。

船上料理.JPG出発前に、船で8時間から10時間はかかると聞いていたので、乗り物酔いの薬をのんでいたが、船は川か湖を走行しているように全く揺れないし、波もほとんどない。メェイ群島は800以上の島嶼からなると聞いていたが、これらがアンダマン海の波を防波堤にように打ち消しているのではないかと思えた。

流れる島はほとんどは無人島とのことだったが、甲板から見ているといろいろな形の島が目の前を流れて行き、全く飽きない。乗り込んだ漁船が遠方に向けてライトをチカチカやっていたが、40分ほどして小型の漁船が近づいて来た。我々には何も見えなかったけど、これに合図を送っていたらしい。双方とも停船し、小型の船から取れたてのイカやエビ、魚を受け取っていた。これを船上で調理したものがランチとして出された(上写真参照)。量が多すぎて食べきれないと思ったが、せっかく出してくれたのだから、できるだけ食べないと悪いと思って食べたが、大半は残してしまった。しかし、この食べた残したものが乗組員たちのランチのおかずになっていた。知らなかったとはいえ、食べ過ぎたことをみんな後悔することに。何だか悪いことをしてしまった。

船上睡眠.JPGランチの後は思い思いの場所で昼寝したり、冷えたビールをご馳走になる人がいたり、クルーと話し込んだりして過ごす。大野先生は、養殖用の道具の手入れをしたり、候補地の説明などを受けたりされていた。メェイ(Meik)港からのフェリーが乗客で混みあって暑かったのに比べ、乗り換えた後は快適だった。船員たちも日本人たちに慣れて話しかけてきたり、日本のタバコを欲しがったりと興味津々。途中、トイレに行ったが船尾に板を打ち付けて小さな小屋を作ってあり、床には四角い穴があるだけ。覗くとスクリューがたてる白い波と海面が見える。頑丈には見えないつくりに少し怖気づいた。それに注意しないと海面からの風が吹き込むことがある。何とか用を足して元の甲板に戻るとき仮眠室の横を通ったが、無造作におかれた数丁のカラシニコフの銃口が見え、軍服を着た民兵2人と子どもが昼寝していた。 写真は熟睡中のヤンゴンから同行したミャンマー人2人。